カネなしコネなし
貧乏バンドマンから超スピード出世。

巨大ビルの理事長という

社会的ポジションを捨て独立。
自ら一切営業せずとも仕事が舞い込んで
自由なライフスタイルを満喫するまで。

 

-10代-(不満と疑問の時代)

「この世界は変」物心ついた時には、そんな違和感を感じていた。この世界に何にも興味が持てなかった少年時代。唯一、剣道だけは自分の意思でやりたいと思った。始めた理由は「強くなる夢」を見たから。小学6年生の時に東京都代表チームの副将として全国大会に出場した。中学生までは親の教育方針で習い事、塾、家庭教師の毎日。「あなたの為だから、将来の為だから」そう口にする親の気持ちもわからないでもない。ただ事実として我が子を自分の思い通りにしようとしている姿勢に、いよいよ腹が立ち反抗期突入。この頃から、世間の常識、特に学校教育に疑問を持ち始める。「自分の人生は、自分で決める。良い学校、良い会社に就職することが幸せだって?」「世の中、完全にズレてる」「大人はバカばっか」と感じていた僕はROCKミュージックとの出会いに衝撃を受け、その後ロックとエレキギターが人生の全てになる。ROCKで歌われている内容が自分の世界観、価値観と完全一致したからだ。それ以降、食事するのも、寝るのも、風呂に入るのも、トイレに行くのもメンドクサイと思うほど、エレキギターに没頭した。

-20代-(天賦の才?どん底経験からスピード出世)

念願のプロギタリストの道が開かれるが、CD-Rの出現で業界変革を予見。「CDは売れなくなる。音楽では食えなくなる。このままじゃマズイ。」そう考え、ビジネススキルを磨くことに方向転換する。たまたま出会ったアルバイトの面接官(同社の役員で後の恩師)との出会いが人生を変える。まさに鬼上司で、毎日徹底的に「企業とは何か?組織とは何か?教育とは何か?人とは何か?ビジネスとは何か?」あらゆる帝王学を叩き込まれた。その後「教育は、お前の天賦の才」と言われるも、元バンドマンの自分には教育なんてピンとこなかったが、「これを読め」と渡された数々の本(松下幸之助さん、本田宗一郎さん、稲森和夫さん、中村天風さんなど)の内容に次第に“のめり込んで”いく。なぜなら、目標を達成する人、事を成す人が口にすることや人生哲学には、共通点があることに気付いたからだ。いつしか、その共通点をまとめて体系化したい欲望に駆られていた。しかも誰にでもわかるように、カンタンな言葉で説明することに躍起になっていた。自らが実践者となり効果検証を行いつつも、全意識は小学生でもわかる成功哲学の説明と体系化に向いていた。気付けばカネなし、コネなしの貧乏バンドマンから僅か数年で年商50億企業の係長 ⇒ 課長 ⇒ 社長・会長代理とスピード出世を果たしていた。独自考案の教育研修プログラムは当時課題だった離職率を0%にすることに成功。いろんな会社の社長から「ウチに来てくれませんか?一緒にビジネスしませんか?」と声をかけてもらえるようになる。しかし、そのまま順風満帆に行くはずもなく、若くして出世した私は嫉妬や嫌がらせを沢山受け(事実無根の内容で2ちゃんねるで叩かれまくり)最終的には心のバランスを崩して「躁うつ病」になる。仕事に行けず、家賃払えず、電気、ガスもとまり、いよいよ自殺も考える毎日。睡眠薬と抗鬱剤が手放せない毎日。どん底まで落ちていく中で実家に戻る。療養中、母に言われた何気ない一言で“ふっ切れて”徐々に復活。うつ病経験から自分の心の状態をもっと深く知りたくなり、仕事をしながら心理学の学校に通う。成績優秀者で卒業しカウンセラーの資格取得。地域の商店街、町会、お祭り、まちづくり等に積極的に参加し人脈を作る。同時に地元巨大ビルの理事長など様々な役割を持ちながら副業もスタート。心理カウンセラー、大手企業の研修講師として経験を積む一方で、海外の不動産購入など自分の知らない分野でも積極的に経験値を稼いだ。

本業、副業で稼いだお金は、そのほとんどを本やセミナー、講座参加などスキルアップに投資。その額1000万円は下らない。最も高額なセミナー参加費は200万円。休みの日には必ず異業種交流会などに参加していた。

-30代前半 2009~2015-(誰もやっていない事への挑戦)

好きな音楽活動再開。
当時まだ誰もやっていない月額会員制、サブスクをバンド活動に導入し成功させる。メンバーの中には社会人経験もないビジネスも知らないどころか、つい最近までホームレスしてた強者も。そのバンドメンバー達をゼロから教育指導し初年度で1000万の売上を達成。顧客満足度も非常に高くメンバーにも毎月5、6万円の報酬を支払えるほど好循環が生まれた。恐らく当時日本一稼いでいたインディーズバンドだと思う。また会員制サイト・決済・メルマガ配信などが一体型となったソフトウェア「ゼロシステム」を販売。収益化やビジネスに疎いアーティストのコンサルティングも始める。憧れのノマドワーカー目指して独立したが、あっけなく目標の年収を達成すると、お金に対する執着が無くなり始める。自分の中で何も満たされなかったからだ。幸せとは何か?成功とは何か?人生とは何か?自分なりの答えを考え始める。(余談:元ホームレスだったメンバーは、某通信系企業で全国営業成績NO.1をとるほど別人に成長、その他のメンバーも独立)

-30代後半 2017~(Power Academyスタート)

これまで実践しきた自分の当たり前と、世間の当たり前が大きく乖離していること、コミュニケーションの基本を知らない人があまりに多いこと、あるがままの世界を見る、ということが出来る人が殆どいないことに衝撃を受け、Power Academyスタート。自助、共助、公助を基本精神とし自分の頭で考え、感情を制し「わかる」から「できる」ようになることを目的としたマンツー個別指導オンラインスクール。独立起業や昇給昇格など受講生全員が圧倒的スピードで人生を変え、それぞれの道で結果を出す。受講者の多くは半年間で奇跡的な出来事も沢山体験した為、僕はしばしば神様、仏様、お釈迦様と言われる。また現代の松下村塾(私はそれが何かよく知らない)ともよく言われる。しかし個人個人の人生と徹底的に向き合ったこともあり、精神的にも肉体的にも疲労がピークに。ペースを落とし各地を旅行しながら本当に自分がやりたいこと、達成したいことなどをもう一度確かめる時間を作った。またこの頃、現在のビジネスパートナーでもあるSHU先生(植山周一郎氏)と出会い様々な刺激を受けつつ一橋大学のデジタルコンテンツ制作などに着手した。

-40代 2021~(本格始動)

自ら一切営業せずとも、PCとネット環境さえあれば、どこでも仕事出来るライフスタイルを手に入れたが、コロナをキッカケに自分が最も世の中に貢献できることは何かを考えた結果、やはり現代人に危機的に足りないコミュニケーション・スキル(意思疎通、対話の技術)の認知拡大に力を入れることにし次世代の真の教育・指導者、リーダー育成を本気で行うために2021年からPower Academyを本格始動する。

 

ビジネスパートナーから見たKENY

植山周一郎:国際経営コンサルタント。一橋大学非常勤講師。マーガレット・サーチャー元英国首相の日本代理人を10年歴任。世界中のVIPと(リチャード・ブランソン、ジェフリー・アーチャーなど)交友関係を持つ。出版した著訳書は47冊。ドナルド・トランプにインタビューした唯一の日本人としてTV出演も多数。